WEB版 歌集『銀河最終便』 &メモ /風間祥
Finality mail of the Milky Way

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依田仁美さんのサイト 「不羈」で読んでいただきました。                 

★依田仁美さんのHP 『不羈』5月21日 
http://www.ne.jp/asahi/y.yoda/walser/kingkang.htm"


銀河最終便(望月祥世)2007.4.25〔本阿弥書店〕

(2007.5.21)

余談から入ると、望月さんはタルティーニがご贔屓のようでここで先ず意気投合する。

タルティーニ、不死を夢見るヴァイオリン 腱・腓疼く「夜のト短調」

さて、見方をロングに戻して全体を見渡すと

全1,119首という膨大な作品のそよぎは

幾つかの短歌核に端を発しながら、無数に泳ぐ水中花の花弁のようでもある。



貝殻やわけのわからないものたちが私の体に一杯ついて

蜻蛉飼う私の脳は可哀想あまり眠りもせず夜もすがら

いつだってリアルタイムで書いていて私の鳥は記憶喪失

私はこの頃空を見ていない 花の向こうに空はあるのに

望月さんの扱う『私』はしばしば《不可知的存在》として扱われる。

自己を安易に信じない《ニュートラルな自我》ということがどうやら思考の根幹におありのようだ。



これは別に自己に限ったことではなく他の対象に目が及ぶときも同様である。

決して固定観念の中では歌わないというのも目を引く特質のようだ。

心象に結んで消えない無数の水泡。

水がほしい水がほしいと根を張って根ばかり張って瘤だらけの樹だ

華麗なる変奏曲を聴くように春の逃げ水走る野火止

接線を一本引けば現れる まだ生傷の絶えない地球

カリフラワー、キャベツの仲間ではあるが脳葉に似て春の虚しさ

ためつすがめつしているうちに一本の樹になってしまえり翠の桜

あきらかに社会的適合欠いている 天道虫は星で分けられ

落葉あり おまえが散って明るくなる 木々の根方にただ降りしずめ

みんみんがつくつくぼうしが鳴き交わす 魂を病む一夏がある



抒情の核もまたニュートラル。溺れない抒情は却ってわたくしの心に浸透する。

ときには人間の不確実性に。

失って滅びていつか消えてゆくそれでも人は夢見るさくら

めひかりの眼の海の色 誰だって海を釣り上げられない釣り人

実存を鷲づかみする方法を知っているって言っていましたが

風の日に木の実降らせて雨の夜は銀鱗降らす交信記録

ときにはちいさな観察から。

銀蜻蛉、透明な骨さしのべてあなたの肩に触れていきます

天空に大いなる虹または塩 葉っぱに乗った水滴の虹

純粋な培養液の中に棲む諸行無常を培う因子

この後の悲喜にどうして耐えてゆく靄と霞と霧の差ほどの

ときには自分を見つめて。

疲れ疲れ疲れ疲れて足跡も残さず去って夢の負い紐

何という悲しい朝が来ているの 遠い水面に落ちてゆく川

愕然としている 何もかもなんと迂闊に過ぎたことだろう

望月さんは『開放区』のメンバ−、その第1歌集である。

: 短歌・読書 : comments(0) : trackbacks(0) : posted by 風間 祥 :
立花るつさんのHP『寝子的生活』で感想をいただきました。                 
★立花るつさんのHP『寝子的生活』2007年05月03日

『銀河最終便』

祥さんこと望月祥世さんの第一歌集『銀河最終便』(07.4.25 本阿弥書店)を読んでいます。
私の中の祥さんのイメージにぴったりの装丁で、8首組というのも新鮮でした。
WEB頁で書かれた歌の中から1,119首収録されています。
日々あふれ出てくる歌たちばかりだからでしょうか、
歌集の中に生きている歌たちがさらさらと流れているような、そんな気がしました。


以下、『銀河最終便』より10首。

致死量の愛を点滴するように深夜に雫する雨の音

大切な一日のため雨よ降れ しずかにひらいてゆく花がある

病み疲れほろりはらりと紫木蓮 月へ帰ってゆく啼き兎

ほんとうは誰にも何にも興味なくエノコログサは風に吹かれる

一人に向かって人は歌うという 海酸漿を鳴らして遊ぶ

春だから白木蓮の花が咲き天に向かって祈りの形

黙示録の頁を捲る風があり今ほろほろと崩れゆく塔

全部嘘、たとえそれでもいいじゃない 舞台には降る太鼓の雪が

危うくて危うくなくて時は春 やさしい風となる沈丁花

断片に解体されてそこにある焼き菓子のようなヒロシマ


※祥さんのブログ『銀河最終便』はこちらです。

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飛永京さんが『きょしゃーんの肉球』で感想を書いてくださいました。                 

★飛永京さんの『きょしゃーんの肉球』5月9日http://d.hatena.ne.jp/kyopin/20070509



2007-05-09 銀河からの最終便は第一便で

ひんやりん



ここ名古屋は30℃超えでした。所によっては光化学スモッグが発生したそうですね。あれはツライです。三十年くらい前からこっちここ数年前までは無くなっていたのに、中国からやって来てるんですって?困ったものです。



若い人なんかは、公害がどんどん増えているって思ってるようですけど、71-2年頃が全盛でした。ニッポンはがんばって、大気も水も、うんといい状態まで回復させたんですよね。



 きらきらと光るスモッグかきわけて

    古出来←→新瑞 市電は走る   京



その頃の名古屋を詠んだ歌です。そう、わたしはへっぽこ歌詠みで、そのつながりの歌詠みトモダチである、HN風間祥さん(こちらへのコメントはshoseさん)=望月祥世さんが第一歌集『銀河最終便』を出版されました。おめでとうございます。



iぢ@夫の胆嚢摘出手術の当日に届きました。春より強い陽射しが当たる術後快復室の窓際、消えぬ麻酔に朦朧と寝たり起きたりを繰り返す夫のベッドサイドで何度も読みました。



前世紀からの、わたしのお短歌掲示板やら、ご一緒させていただいてたいくつかの歌会掲示板で生まれた歌たちと、わたしの知らないところで生まれた歌たちが半分ずつくらいかしら。



いくつか引用してみます。(この日記は短歌を掲載する仕様ではないので、一首一行で収まらないかもしれません、ご容赦を)



「詩曲」より

クレッシェンド・デクレッシェンドどうしろというのだ降ったり止んだり雨は

バルトーク・ベラ、ベラ・バルトークいずれでもいずれにしても生き難き生



名歌。祥さんの特徴的な歌でもあると思います。定型から思いっきり外れているのに、とっても短歌。するすると石清水のように涌いてくる祥さんの歌。



どちらもとても懐かしい歌ですが、特に二首目は、リストもバルトークも、わたしたちと同じで、苗字が先で、赤ちゃんの頃にはお尻が青かったのねぇなんて話をしていて生まれた歌だと記憶してます。ちょっとした話からこんな素敵な歌がひょいひょいと出てきて、しかもそれらはノートに書き出されることもなく、直接、掲示板の投稿フォームにタイプされるという恐ろしく即興な瞬間の技。



音楽ネタをもう少し。



「詩曲」より

リコ・グルダ、パウル・グルダに父グルダが愛していると伝える楽譜

旋律ハソコデ膨ラミソコデ消エソコデ躓キソコデ泣クノダ



歌舞伎ネタもお得意。読めば見たような気になります。



「詩曲」より

舞台には時空をこえる橋が架かり 江戸のすべてが通って行った

魚屋も飛脚も手代も虚無僧も 遊女も瓦版売りも通って行った



上のように、何首かが同じ言葉で読まれたものも多いのが特徴的。ずっとリレーのように繋がって出てくるのでしょう。



「海の絵」より

貝殻やわけのわからないものたちがわたしの身体に一杯ついて

貝殻をとりたくたって離れない中から腐るだけの流木

でもやがて魚が中に入って来て 私は魚になっていました



これはもしや雨月物語?って連想するつかの間、話は展開されて、祥さんの静かな無常の世界に跳んでいってしまいます。もの言わぬ静かな自然を見る目がとても好き。



「午睡の時間」より

アレルギー物質一杯溜め込んで痒いのだろう漆、櫨の木

野の果てにタンポポ枯れて綿毛飛ぶ 日本に帰りたいしゃれこうべ

吊されしまま削がれゆく鮟鱇の胎内にありし頃の水嵩

ブック・オフに知は百円で売られけり 海を渡って死んだマンモス



歌集のタイトル『銀河最終便』って辻褄が合いにくいですね。銀河に最終便があるとは思えませんから。銀河鉄道ならわかりますが。その辻褄の合わない不思議な味わいも祥さんの歌の魅力です。適当にくっつけちゃった偶然の代物でもなさそうで、とっても面白く、遠くへの旅をさせられます。



「野の果て」と「ブック・オフ」に見られる、上句と下句の遠さはどうでしょう。なのに納得させられてしまいます。



ああ、キリがないのでこれくらいにしておきます。ご興味のある方は、http://sho.jugem.cc/?eid=2126 へ。無くならないウチにご注文をどうぞ。装丁もとても素敵です。とくに裏表紙が好き。スピノザかガリレオか、そんな人がいる。



目覚めては眠り、眠っては目覚める人のそばで、ぱらぱらと捲った歌集は、まるで画集でした。どこを捲ってもすーっと一目で景色や情景が見渡せて。1頁に8首のぎゅうぎゅうづめの歌集、とっても読みやすかったです。著者は行空けなしのもっとぎゅうぎゅうづめ歌集が夢だったようですけど、わたしには丁度よかったです。



麻酔から覚めて自室へ移動したiぢ@夫に、「祥さんの歌集が届いたよ、黒田くんも載ってるよ」って言ったら、「黒田?はぁ?」って首をひねりながら読んでいました。そう、黒田くんが歌にしてもらってるの。前から知っている歌でしたけど、印刷物になるということは格別なものなんですね。祥さん、おめでとう、ありがとう。



 隻眼の猫の名前は六郎太 黒猫、黒田六郎太と聞く 

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置き場所を確保する必要もなかった。                 
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足立尚彦さんの『アラン・タカピのひとりごと』で感想を頂きました。                 

★足立尚彦さんの『アラン・タカピのひとりごと』4月26日
http://silver.ap.teacup.com/applet/arantakapi/archive?b=10



2007/4/26
「コト。」  
望月祥世の第一歌集『銀河最終便』(07.4.25 本阿弥書店)を読む。
収録歌は1千首を越える。私の記憶する限り、歌誌「開放区」などに発表した作品は含まれていない。つまり、ネット上で発表した作品で構成された歌集。
以下、『銀河最終便』より10首。


クレッシェンド・デクレッシェンドどうしろというのだ降ったり止んだり雨は

魚屋も飛脚も手代も虚無僧も 遊女も瓦版売りも通って行った

ソノヒトガモウイナイコト 秋の日に不思議な楽器空にあること

ブック・オフに知は百円で売られけり 海を渡って死んだマンモス

ここに包んできたのはあなたへの愛 でも引用禁止です

接線を一本引けば現れる まだ生傷の絶えない地球

あの時は逃げられなかった今ならば逃げられるかしら列を乱して

めひかりの眼の海の色 誰だって海を釣り上げられない釣り人

千年を遥かに越えて生きている大きな樹ならわかってくれる

日常はそんなときにも日常であったであろう投下直前

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今さっき本が届いた。                 
予想したダンボール箱ではなく、
小さな梱包で15個。
予定していたところに、
予め物差しで計ったように、
ピタリと収納できた。
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初めて造本された『銀河最終便』を見る。                 
見本が届いた。

週明けに配送される。
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さて。                 
本を入れる場所を作っておかなければならないから、
空き場所を確保しないといけない。
つまりは本の隠し場所。

クローゼットか押入れの目立たないところを、
その分空けておこうと思うのだけれど、
第一、その分がどれくらいになるのやら、
わからないままに作業に取りかかることに。
何やら贋金作りか泥棒さんになった気分。
他にも考えてみれば、内職仕事のようなことがいろいろ出来てくる。
どうなるんだろう。


本が送られてくるのは、やはり週明けにと連絡あり。
担当の方は入院されたようだ。
優しくて聞きやすい感じの方だったのに。
最終チェック稿を渡してくださった時は、
具合が悪いのを無理なさって出社してらしたのかしら。
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さて。今頃になって迷ってもしょうがないのだけれど。                 
今からもう遅いと思うけれど、(20日には刷り上るらしい。)
後、少し刷ってもらえばよかったかなぁ、と
思ったりしている。

贈呈用を贈呈してしまえば、手もとに何も残らなくなってしまうからだ。
で、手元に残すためには、贈呈部数を半分にするとかするといいのだけれど、
元々最低限にしていたので、これ以上減らしようがない。

送られてきた本の隠し場所を探さなくてもいいためには、
その整理の面倒さを避けるためには、
なるだけ少部数の方がよいのだけれど、
それなら、最初から、作ったりしなければよかったわけで、
なるだけ家族には内々に、知らん顔して作りたということに、
無理があったのかもしれない。

もちろん少なく作ったほうが制作費がかからないという点もある。
(私が作った部数では非常に良心的価格で作っていただけるのだけれど、
100部増刷するだけで、ピンと跳ね上がってしまうもので。
そこからはまたあまり変わりなく。)
だから少しでよかったのだけれど、やはり少なすぎたかな。
と、おもったりするわけである。
ま、発行部数が少ない中でやりくりした方がいいだろうということで、決めたのだけれど、
やはり部数に余裕がないのは苦しいことで、寄贈リストを、やはり書き換えることにする。
どうせ習慣的に著名歌人に送っても、封も開けないで、捨てられるだけで、
ただでも歌集ブルーになるのに、ブルーの二乗になるだけとも聞くから。

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最終チェック                 


本と同じような印刷用紙のものを初めて見た。
なるほどこんな組み方をするんだと思う。
8枚16ページで組んでゆくんだよね。
10個のパーツに分れていて、最後も同じ枚数なら160ページだけれど、
少し少ない構成になっていて、4枚8ページ。全部で152ページ。
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