WEB版 歌集『銀河最終便』 &メモ /風間祥
Finality mail of the Milky Way

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銀河最終便  3章  禽獣の森                 
銀河最終便  珪蓮 ゞ拿辰凌



禽獣の森

四分儀座流星群が現れる一月四日 戌年の初め
傷ついてしまったんだねあの人は 日暮れの空の白い月影
落葉には夕日の色や風の色 氷雨の匂い 虫喰いの痕
「性格が運命を決める」とコンスタン 怠け者には怠け者の運命
和歌にある姉歯の松のみちのくの枕詞の悲しくもあるか
楼門に草を生やして石窟の毘盧遮那仏の崩壊進む
水鳥の羽毛につつむうつしみのそらみつやまと日も暮れにけり

自分よりかよわいものを守るという(そんな論理にすりかえられる)
戦禍なお心にいたるこの国が 未だ醒めない夢を見ている
命令を下されるため私たちは生まれて来ているわけではなくて
加賀山中、白山山中、能登金剛 寒気団来て白い氷壁
自衛隊、軍隊、郷土防衛隊 どんな名前にしても兵隊
青空の向こうの向こうまで一人 一番好きな時間の形
眼下には桃源境が広がって葡萄の丘がそれに続いて
冬なれば桃も葡萄の木も眠り枯れ草色の高原に雪

黄金を掘っていたその鉱山に沿って流れていた黄金沢
人は城、人は石垣とは言えど 黄金費えて武田氏滅ぶ
十重二十重取り囲まれて藪の中 現実というしがらみの中
香木の蘭奢待さえ切り取られ権力の座にあるものの傍へと
楯無鎧、風林火山の旗、南蛮具足の二匹の蜻蛉
金銀を螺鈿を漆、朱の塗りを 風の館の鎮まる櫃に
二本木の道を登れば上萩原、大久保平、白樺の道
上尾根に日本羚羊見たという ただ一頭で見下ろしていたと

敗北の太鼓が鳴って迎えに来る 遠い未来が挿入される
脱力し発熱したり寝込んだり 雪も降らない東京にいて
私をうちのめしているものが何なのかもちろん私は知っております
人の顔、人の声して火喰鳥 火を放ちゆく微かに炎える
達成は何事にもあれ最終の列車連結解く摩擦音
問題は終わってしまってから生きるその生き方のことではあるが
人生の苦難を負って生まれてきたヤドカリに似た貝の文様
みごもった真珠の虹を見つけたら貝は自身を溶かしたものと

遥かで杳くてやさしいものにいつか逢えると思っていたが
黄の色の蝶が来ていて陽だまりに小さな花が咲く雨上がり
ミネルバの梟鳴いて夜が来て魑魅魍魎の支配する夜
棚田には棚田の景色見えながら遠い夕やけ雲も映すよ
気になるものの一つに山古志の鯉を養殖していた棚田  
道を作りブルドーザーを動かして青年が一人こつこつ作っていた池
地震が襲い水害が襲い雪が襲い雪崩が襲う村の棚田か
集落が集落をなす限界を自然が奪う冬が来ている

忘却は一部のことと思いたり その蕁麻に火を放たれて
店晒しされているこの一冊の本にもあったはずの春の日
そしてまた生まれたばかりの蝶々が吹雪のように飛び立つだろう
もう過去のものと葬り去るようなこの書き方だって問題ではある
雪豹もレッサーパンダも喜ぶと寒気団来る六時のニュース
凍結に注意と呼びかけられている 水道道路と呼ぶ遊歩道
木の橋や鉄の小さな橋かかる小川に雪が降って流れて 
一日で雪は降り止み川岸に身を寄せあった水鳥がいる

一人消えまた一人消えこの国の地下を流れてゆく黒い水
飽き性の日本人ゆえどのような事件も事故も忘れてしまう
送信は失敗しました 蝶々は韃靼海峡越えられません
朝焼けの海は薔薇色 禍々しい噂も出でて日本の早春
筑紫の君、磐井の墓があるという 密やかにして叛乱の系譜
粛清の嵐が吹くのでございましょう 峡谷に水凍えるように
現実のあなたがそこにいないから聞けば聞こえる脈打つ鼓動
分身の術かもしれない正体は 等圧線がぎっしり埋めて

春風が通って行ったようでした 木橋を渡る蝶がいました
水流れ林に雪が降り積もり 落葉の上に新雪積もり
富士を見る南斜面に桃、杏、ブルーベリーの花咲く畑
突然に曇る空から降るみぞれ 霙のなかの連翹の花
貧困を直撃したという嵐 貧しさという低湿地帯
知らないでいるのはいつも一人だけ鴉が運ぶ巣の枝一枝
人生の危篤状態脱出し巣箱のことなど考えている
東禅寺山門に降る春の雪 「立春大吉」降る雪の寺

天皇のルーツ辿って辿り過ぎ分岐地点でうやむやとなり
万世が一系というそのことの何が尊くまたはそうでなく
複雑な縫合線が美しいアモンの神の鹿の角笛
純粋な培養液の中に棲む諸行無常を培う因子
急がなければならない時が来ています既に終りが始まっている
終焉は薔薇の垣根の向こうにも春の朧のような空にも
遥かなるミトコンドリアDNA春は優しく光りをつなぐ
だんだんと溶けてゆくのがたまきわる命あるいは雪の運命

今夜には雪降るという東京の和光の時計が指す十一時
永遠の不死を願ったエジプトの眠るミイラの華奢な左手
この世のこと何事も思うようにはなりませぬ バオバブの種に水遣り
冒頭に、ラストに雪が、人工の雪降り続く『アンナ・カレーニナ』
「ベネチアの冬はさびしいそれにロシアが恋しいの」アンナの恋の終末である
ヒロインのアンナの胸に吹く吹雪『欲望という名の電車』へとつながる
精神を病む人多い春真昼 異形の鬼の立つ交叉点
潮満ちてくるらし春の魚のぼる汽水域あり春の河あり

共感はできないまでも理解ならできると言って理解の限界
金色のあるいは青い透明な海に向かって桟橋に立つ
どんよりと緞帳下りるそのように雪の匂いをさせて曇り日
何事にも既に動かされなくなっている 連翹の一枝に咲く花
塔があり教会があり川がある 海へつづいてゆく松並木
スカーフを帽子代わりに巻いてゆくと 締め付けられる痛さがないと
こんなにも暑い日なのにあのひとは痩せた分だけ寒いと言って
生きる希望 死ぬ覚悟をも越えるから 豌豆の芽が今育つから

海近い道ゆえ砂を含む道 芦屋、魚崎 今は昔の
教育が絡めばまたも怒りだす人がいるのさ弥生の春に
真実の深い心で話せたら 消えてしまった砂の風紋
違和感の塊となる気がしている微分細分したる大鋸屑
軽蔑の心が生まれてくることをとどめようなく嘴太烏
白鳥の大量死する映像や「へたり牛」なる牛の映像色
左手を息子の肩に置き歩く 木村栄文氏のドキュメント
それがリアルであるために幾つの山川抜けて春来ぬ桃色の

それらの全てが夢であったと解ったのはずっと後 醒めてからしばらく後の
結局のところ財力なのであり高きところにハイデルベルク
半分は崩れたままに身をさらす 西の館の分れと呼ばれ
疲れ疲れ疲れ疲れて足跡も残さず去って夢の負い紐
憂鬱がそこまで来ていて立ち止まり窺っている黄昏の垣根
おそらくは世界は背中で裂けている 一筋の血が流れ始める
花びらは去年の花を漬けたもの塩漬け桜の花びらである
雨降っていますね雨が花びらがどこかでひらきはじめていますね

本当は世界を一つ創造し 世界を一つ葬ることだ
感情を剥き出しにして磨かれてその牙高値で売られておりぬ
母の樹の樹皮から生まれ育つ苗 千年の時湛えブナの樹
白漆喰、千本格子、虫篭窓 光があれば影も生まれる
疎水には風も流れて飛び石の庭につづいてゆく小径あり
危うくて危うくなくて時は春 やさしい風となる沈丁花
生死には関わりもなき病にて無病にあらぬ 人の世疲れ
死に上手 白木蓮の咲く頃のとある日暮れの落花のように

あの頃は見知らぬ町の見知らぬ川 その川の今ほとりに住んで
いろいろなことどうしていいかわからない軒先に降る雨の雫よ
梔子と百合が開いた雨あがり 昨日の雨が茎をのぼって
何という悲しい朝が来ているの 遠い水面に落ちてゆく雨
転がった毛糸玉にも行き先があって運命みたいに
リアリスト牛くんの教え現実を受容すること幸福の掟
白色の鶏走る庭にして 生々流転、死の側に入る
あの世から見ているような写真があり生前、死後を渡る精霊

長く長く生きてみるのもよいものと 百歳の翁笑みつつ語る
金色の浄土とも見る大乗寺、開け放つ時、応挙の伽藍
いつまでの桜吹雪か生きて逢うこれが最後と四月の吹雪
誰も最後は知らなくてただひとときの夢の波照間
実存を鷲づかみする方法を知っているって言っていましたが
繊毛は何を探してそよぐのかミカドウミウシ裸鰓目
華麗なる春がゆくとき一斉に芽吹きはじめる夏の草木
胸騒ぎする夜があり朝がある 禽獣を抱く森に風立つ

花びらが吹き寄せられる汽水域 海と川とが相会うところ
前世を占う人の多くして末世があらば末世であろう
動物は多分死にたいと言わない そのせいだろう綺麗な瞳
橡の木の目覚めはとても明瞭な目覚めであるから天を突く芯
この辛夷今年は花を咲かせない 去年伐られた兄妹の樹よ
曇り日の空の下には上水の花を集めてゆく花筏
天空に大いなる虹または塩 葉っぱに乗った水滴の虹
じわじわと感染してゆく牛がいて ホモ・サピエンス春の朦朧

一日の終わりは早い 散り急ぐ花であったと時間を思う
活動を停止しているあなたです 雨、雪、霰、氷雨が続く
透明な天使クリオネ別の名をハダカカメガイ肉食の貝
水色の空に光りの泉あり 空の楽譜を奏でていたり
移動性高気圧が呼ぶ花や鳥 人の動きも忙しくなる
まだ何も変わっていない地球にはシュヴァスマン・ヴァハマン第三彗星近づく
遅れ咲く紫木蓮にも陽があたり 遠い記憶の中の歌声
落ち込んでいます地蜂の溺死体 水溜りには今日も青空

寒暖の二つの季節摩擦する 空がこんなに悲鳴を上げる
ヤマボウシ、ミズキいずれか上水に 胡蝶のように 落下流水
蟹味噌と洗濯物もお土産に新入社員研修終わる
花終わる季節であれば花疲れ 四月最後の木曜の午後
愕然としている 何もかもなんと迂闊に過ぎたことだろう
手紙を書く 手紙嫌いの私が 今タンポポの綿毛が飛んだ
金色の鳥籠に似た天蓋の線と鎖と光りの渦と
残されて一人の川を越えゆけば都大路の桜かがやく

白樫の間に黄薔薇、蜆蝶 こわれた船の部品の木椅子
つくづくと薄情者で非人間 それが私と雨を見ている
夏草の茂る廃屋 太陽が今薔薇色に染めてゆく海
春紫苑咲いて陽あたる道端に信号待ちをしている犬よ
行き暮れて見上げる空の太陽の白く翳りて墜ちる幻
そこもまた一つの故郷 黒アゲハ樹間に消える大菩薩の道
足跡のほかには何も残さない その足跡も波が消し去る
烏が鳴きまた現実が戻ってくる カクレクマノミ隠れ家は無し

ウニ、ヒトデ棘皮動物荒金の針千本に似ぬ柔らかさ
イツダッテミンナガソレヲノゾンデイル ソウイウワケデウマレタ水母
透明に浮いて沈んで漂って六億年を生きた水母だ
このように重ねて書けば軽蔑をする人もいる重複を嫌い
福音書の一節に言う忘れがたく 《怒りのために罪を犯すな》
踏み潰す相手がだんだんなくなって巨象の大足置き場所に困る
『日曜日の朝』という絵の六匹の猫と出会った秋の日の画廊
空木咲く季節にいつかなっていた 花明かりする上水の道

時折は紙片のような蝶が来て 遥かな時を伝えてくれる
この世にはとても幸福な人がいて祝福された人たちがいて
それぞれの時間の中で生きてゆく 午睡の時間過ぎて翳る陽
橡の木の花は似ているルピナスに 樹の中に灯る白い蝋燭
清浄無垢 私たちにはそれがない 絵巻の中に雪月花あり
雑草の伸び放題の逞しく 地を這うものは滅びを知らず
雨ののち黄色く咲いて棕櫚の花 むっくり起き出した亜熱帯
懐かしい思いは常に一定の容量を持ちあなたへ向かう

画面では霧の中厳かにレクイエム流れラクリモサ流れ
失敗に人は懲りないものであり懲りたところで失敗はする
ヒトツバタゴ、なんじゃもんじゃの木の花の白く地上を染めて夏の日
深海の底にも森も丘もあり光りを放つ洞窟もある
人間の中にも深い洞窟や砂漠があって翡翠の泉
蓮池から今垂れている一本の糸に縋って救われたくて
その知らせはいつか来るはず その日を恐れその日を思う
秋の日の玉蜀黍畑の黄金の風 鳴沢村字ジラゴンノの風

その町の砂を含んだ感触は松林まで続く感触
山があり川と林と海があり 酒造会社に湧き水があり
遠くからでも見えた赤い屋根 鳥が運んだ実が育つ家
暖炉には火が燃えていて冬だった あなたが生まれたその年の冬
もう遠い昔のことだ過ぎ去った水の流れと時間の記憶
雨上がる 烏がそれを告げている 等間隔に啼いて晴れると
木はのぼり木は広がって密生す ジャスミンの木の香る三叉路
大切な時間が過ぎているはずの今をどうしていいかわからない

六甲は滴る緑、初夏の海の光りの中に兆す死
あのひとも今さまよっている死線 海の光りを見る白い部屋
切なさを今見ています河舟と岸辺の葦と降る雨の川
カクレミノ、隠れ隠れて枯れるまで その葉の蔭に瑠璃色の蝶
このようにして六月の蟹遊ぶ 死者と生者を分かつ水際に
三連の水車が回る川岸に木切れ集めて焚き火する人
熱っぽい今日は一日降る雨のこの密やかさ愛していたり
かたつむり、紫陽花、蛙、シャガの花 雨が好きなら私の仲間

チョットコイ、チョットコイって小授鶏が 水色の尾の尾長が雨に
退屈な午後ひとときの軽やかさ小曽根真の〈ジュノム〉カデンツァ
満天の星空、銀の河の水 天の柄杓を傾けて汲む
月光はなお燦々とふりそそぎ いざなってゆく夜の恒河沙
今日一つだけいいことがありました 綺麗な声で鳴く夏の鳥
金魚絵や菖蒲の団扇配られて 紫陽花もまだ咲き誇る頃
蝋燭は今華やかに炎えていて 絵本の中の白鳥は死ぬ
たましいのさいはてに咲く花に似て火縄銃にも人の手が要る

ムツゴロウ泥の中にて立ち上がるそれが求愛の姿だという
保護膜のように時間が必要で空間もまた必要ではある
生きてゆく世界はいつも苦しくて 空ゆく鳥の喘ぐ 声無く
四万斗の雨降りそそぐ梅雨の空 ゆきて帰らぬ鳥のいる空
六月十八日 今日は辛い日になった 石榴が割れるようにざっくり
残された時間を生きるほかはなく花を眺めて歌を歌って
雨、雨、雨、森に大地に木の枝に、天道虫ののぼる葉末に
ゆっくりと頂上めざす甲虫 光は木々の頂上にある

意味もなく不安を抱いて眠れない 泡立つように咲く百日紅
誰もいない何にもない辿りつくその空間を死と呼んでみる
一台の柩のような車が来て 一人の男現れて去る
みんみんがつくつくぼうしが鳴き交わす 魂を病む一夏がある
岩山にも僅かに水分あるらしく蘇鉄が茂る森もあるという
和邇族の裔たる人の瀟洒な墓 簡素、清明、古拙な字体
鈍色の光りを放つ中世の絵巻の中の鈴虫と月
悲しみの連続として生があり 部分月蝕にも似て欠けて

伽羅の木の枝一本と残されたロシアの画家が描いた海の絵
モスクワが全市が焼けているという ナターシャが見た炎えるモスクワ
ロマノフ朝最後の皇帝ニコライの夏の離宮の夕暮れの鳩
何者か歩き出すとき死は兆し 研究室の森閑と夏
秋刀魚焼く煙も見えず秋はきて失意のままに逝く秋も来て
論争に参加したくはないけれどその論点に意義の数々
蒔絵筆師、村田九郎兵衛氏の語る 琵琶湖の芦辺のクマネズミの毛
いつ雨が降ったのだろう水たまり一つ残って映す秋空

長い長い長いへびです六メートル 羊をのんで羊のかたち
栗の木に栗の花咲き橡の木に橡の実が生るキウイにも似た
その当時、言葉のアヤと言ったのは言葉のアヤであったのでしょうか
嘴の長いハチドリ描かれてナスカ地上絵コンドルも飛ぶ
鉄塔で首を傾げている烏 嘴太烏の羽濡らす雨
一匹の黄色い蝶が迷いこむ 棕櫚の葉陰の野火止の道
その亀の齢は二百五十歳 死亡調書は老衰とあれ
この夏が終わる椿も沙羅も枯れ 水の無い木は枯れよと照る日

その前に日本人は 世界の人に先だって忘れるヒロシマ
断片に解体されてそこにある焼き菓子のようなヒロシマ
さてここでは夏が来るたび白さ増す鱧の椀にも似たる輝き
本日の「虚構新聞」によれば太平の世の一日である
言葉などもう持つことを諦めるカケスにはあれカケスの言葉
物足りないくらいでちょうどいいのです そうです風が吹き荒れました
薔薇の木も瓦礫に埋まるとナレーション ヒルデスハイムの薔薇の閲歴
皇居前のお堀端にある帝国劇場では今ギロチンが下りるところ

秋の風吹いてくる日の裏通り一心不乱に咲く酔芙蓉
抵抗の手段としては弱すぎる もちろんそういうことはあります
水面には波紋広がる 水馬、蜻蛉、蛙、井守がよぎる
平凡にただ悲しげに今日の空 秋空なれば翳りやすき陽
少しずつ秋が深まり少しずつ木の葉が散って鴨遊ぶ水
木洩れ日の道を通るよ 泥色の鯉がゆったり泳いでいたよ
お日さまの方に傾いでゆく蘭の 光りに向かう緑色の指
秋の日の薄桃色の雲見えて夕暮れは来る雪の山頂

社会的適応をして私は大事なものを棄てて来ました
ぼろぼろの駝鳥を今日の自画像と 冬の渚の白い流木
一人分の余白がここにあったという 本当だろうかもう埋(うず)まって
いつのまに死んでいたのか あの人もあの人もあの人ももういない
神獣が向き合う カンボジアにはタプロムという樹をもつ遺跡
ガジュマルは寺院に絡み被さって 滅んでいるのか育っているのか
ゆすりかの幼虫がいて殻を脱ぎ 蚊柱となる外つ国の湖
千年の森の時間が止まるとき地球の皮を一枚捲る



あとがき

これらの歌は、すべて、WEB頁の中で生まれました。
インターネット画面に向かって書いた歌たちです。
1119首を収録しました。
第1章(117首)には、花言葉や、音楽や、海に関する歌などを。
第2章(150首)には、2000年秋、インターネット歌会参加後、他者と関わりながら書いた作品を。
第3章(852首)には、WEB短歌日記(『銀河最終便』他)から、
2003年以降2007年までの作品を、それぞれ、ほぼ制作年代順に抄出しました。
: 短歌・読書 : comments(0) : trackbacks(0) : posted by 風間 祥 :
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